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フーテンのお師匠さん

瀬相港

加計呂麻島(カケロマジマ)に出かけました。

ここは、奄美大島の南にある小島のひとつ。

こちらに来て、初めて知ったのですが
『男はつらいよ~寅次郎紅の花~』が撮影された場所。
寅さんこと、渥美清さんがそのあと亡くなられ、
シリーズ最後の作品になってしまったもの。

島のところどころに、撮影碑があるという。

フーテン人生、実在しない人物として最も尊敬に値する
寅さんの足跡は、ぜひたどっておかなくては!

またまたバスでの長距離移動。
フェリー乗り場古仁屋(コニヤ)まで出発!と思ったら
先日、「パーク奄美」に行く時の運転手さんがまた担当ではないですか!

「もしかして、おシゴトで?」
先週もいて、今日もいたのでそう思われたらしい。
こんなシゴトだったらうれしいけどね!

「いいえ、遊びです。すみません・・・」

またまた、運転手さんと長話。
島ではレンタカーを借りないと移動できない、とか
寅さんのは観て回った方がいいね、とか。
いろいろアドバイスをいただいて、フェリーへGO!

まあ、バスはほんの2時間ほど乗ったんですが
フェリーで加計呂麻までは20分足らず。

今日は、お天気、割とさえてます!
フェリーかけまろ
デイゴ並木②
デイコ並木①

「紅の花」はディゴの花のことだったのかなぁ。

だいぶ散ってますが、「赤」がホントウに美しいです。

寅さんめぐりをする前に、腹ごしらえをしようと意気込んでいました。
今日は、リッチランチと決めてきたので、久々の外食。
島の郷土料理いくでしょ!と思っていたら・・・

そもそも、店ないし!
あっても、ランチとか、気軽にやってないって!
要予約だって!

がちょ~ん。

今世紀最大くらいのショックに打ちひしがれる。
実は、今日は外食!と決めていたので、朝飯もかなり軽め。

それでこの仕打ちか!

島をなめてはいかんのである。

確か、フェリー着の事務所にカップ麺とか、パンとか売ってたなあ
と思い、一度、来た道を戻ることに。

ハラペコーニュ地方。
腹が減りすぎて、運転もままならい・・・。

そこに、大音量の島唄が!

一度通り過ぎたが、なんとなく人が集まっているようにも見れて
バック、バック、バック!

すると!
toraya

やった~、自動車販売の人達がいる!
なんか、売ってる~。

行ってみると、魚とか、牛乳とか、パンとかもろもろある。
近所のおじいちゃん、おばあちゃんたちが数名寄ってくる。

若者店員が品物をそろえて、近所の家に
配達したりもしている。

昔、実家周辺に昼時は「魚屋」、夕時には「豆腐屋」が車販売で来てた。
あれだ!

勇んで、大きそうな「パン」と、「コーヒー牛乳のパック」と、「ちくわ」を買う。
「ちくわ」はなんか、目新しかったから。

『とらや』って書いてある!
寅さんにちなんではいないだろうが、

サンキュ~とらやさん、助かったよ、マジで。


大きそうな「パン」と、「コーヒー牛乳のパック」と、「ちくわ」を持って
海全開の公園を見つけ、堤防に座って
ボーッとしながら、モグモグ。

ボーッ、モグモグ
ボーッ、モグモグ
ボーッ、モグモグ

その後、

ボーーーーーー
ボーーーーーー
ボーーーーーー

2時間ほど過ごす。
あとは、島内をぐるっとして、撮影場所を探せばいいのだ!


寅さん碑③ 寅さん碑⑤

寅さん碑④ 寅さん碑②

寅さん碑①

寅さんは、今 

1995年の秋、ぼくたちはこの地で寅さんシリーズ第48作の
ロケーションをおこなった。

寅さんの数あるマドンナのなかでも最愛のひとというべきリリー
さん(朝丘 ルリ子)がこの島にひっそりと暮らしている。彼女を訪
ねてきた寅さんは、暖かい気候とおだやかな人情がすっかり気
に入って長滞在、遠く東京は葛飾柴又に暮らす妹のさくらたちを
やきもきさせるというストーリーである。

その翌年、即ち96年8月、寅さんこと渥美 清さんはこの世を去り、
27年にわたったこのシリーズは日本中のファンに惜しまれつつ終
わりをつげることになった。

しかし、寅さんは居なくなったのではない。
我等が寅さんは、今も加計呂麻島のあの美しい海岸でリリーさん
と愛を語らいながらのんびり暮らしているのだろうー

きっと、そのはずだ、とぼくたちは信じている。

1997年7月 山田洋次



バスの運転手さん曰く
「もう、撮影してるときは薬飲んで、痛いのガマンして
やってたみたいでね。
オレ達、島の人間はだっれも、わかんなかったさ」

「ぶあいそうなひとやねぇ、なんて言ってたりもしたけど
痛いのガマンしてたんだよねぇ」

TVドラマで、一度は死んでしまったはずの寅さん。
高視聴率で映画化、その後27年渥美清さんは、寅さんをやり続けた。

確かに映画の中では、寅さんは死んでいない。

後任代役での続行の話も出たようだが
山田洋次監督が首をタテに振らなかった。

だからこそ、この碑にこめた山田監督の言葉は
活きてくる、

そして、泣けてくる。

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>こぼまる さま
コメントありがとうございます。
南の島には、癒しの神様がいますから。

はやっ

て、思ったら(北海道から奄美まで)
中抜けしてたのね。
あーいいなぁ 北海道の時は層でもなかったけど
南の島っていうと良いと感じるのはなぜ?
訪問ありがとうございます
プロフィール

コワタリ ユミコ

Author:コワタリ ユミコ
青森県出身。

まだまだ好奇心を
増やしたい。

増やした好奇心で
行動したい。

行動したら、感動したい。

感動したら、感謝したい。

そういう46歳で
ありたい。

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