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歩きながら・・・

今日は友人宅で、うどん(?)パーティー。
大量のうどんを食すべく、集い、
大いに食し、飲み、しゃべり。

何故か、友人のひとりが台湾旅行中に録画依頼された
「チェイス」の最終2話分に、真剣に見入り、
サッカー好きの友人と一緒に、イングランド戦を観戦したものの
オウンゴール2点に「おい、おい」と突っ込みを入れ

興奮冷めやらぬままの帰宅途中。
なんだか、歩きたくなって、最寄駅への乗り換え駅で降り
自宅まで、徒歩。

おおよそ30分。ぶらぶらといつもと違う道を通ったりしてみる。
築地市場はすでに活動し始めていたり、
真夜中なのに、縄跳びしてる若者がいたり
交番で介抱されている、酔っ払いさんがいたり

イヤしかし。

東京は安全だ。
か弱くもないし、うら若くもないが、
深夜、女性がひとりで歩いていても、
しかも鼻歌交じりくらいの軽快さで
歩ける。

幸せなこった。

で、活動し始めている築地市場をパチリ。
↓↓↓
夜 築地
歩くのは、脳に心地よい振動を与えるせいか
脳が活性化するらしい。

いろいろ思い出したことがある。

徒歩30分は、おおよそ2kmくらいの道のりだと想定しているが
この距離は、私の小学校、中学校の9年間通った
通学路の片道の距離にほぼ等しい。

家が近所の同級生のMちゃんと毎日通った道だ。

うっすら記憶にあるのは
Mちゃんと私は、小学低学年の頃は
本当に、歩くのが遅かったらしいのだ。

いや、歩くのが遅い、というより
寄り道が多かったり、話すときに歩くことを止めてしまうという
致命的な習性があり、どうも毎日遅刻をしていたらしい。

幼少の頃の記憶が乏しいので
かなり、断片的ではあるが記憶に残っているのは

学校について下駄箱のところで上履きに履き替えていると
全体集会が終わって、皆が教室に戻ってくる光景であるとか

教室の後ろのドアを開けて入ると
皆がきちんと座って授業をしているとか

あとは、小学1年、2年はおおよそ午前中で終わりとか
絶対、早い時間に帰れるはずなのに
なぜか、帰り道で中学生のお兄さんたちと一緒になることが多い、とか。

よく、月がよく見える時間に帰宅していた気がする、とか。

挙句の果てに、母親通しが相談したのであろうが
朝、おにぎりを持たされて、
「お腹がすいたら食べなさい」と6:30頃に家を出された、とか。

方向が同じ、中学生のお兄さんたちに
「一時間に一歩」という不名誉な呼び名をつけられるとか。

かと言って、担任の先生にものすごく叱られた、という記憶もないし
通知表の遅刻の欄がすごい日数になっていたとか、ということはないから
田舎特有のおおらかさ、というか
大目にみてもらっていたんだと思う。

モノゴゴロついてからは、そんなことはなかったから
本当に、ほんの1~2年の間だったんだと思う。

当時は舗装もされていない道だったし、
しかも坂の上り下りは当然あり。
7~8歳の子どもがランドセルをしょって通うのに
それほど、楽ではなかったのだろうが
地域ではあたりまえのことだったから
あたりまえに、通っていた。

田舎であるゆえ、街灯などもほとんどない
まさに、月明かりが頼りの暗がりを
やけに、ちんたらと歩いている我々ふたりは
かなり、有名でもあったらしい。

朝にしろ夕にしろ
中学生たちにはもちろん追い越され、呆れられ。

農作業帰りの近所の人が
車やトラクターの後ろに乗せてくれたことも
何度もある。

地域に面倒をみていただいたようなものだ。

変質者的な輩がいないこともなかった、と記憶している。

帰宅途中、白い車が止まり
「人を探してるんだけど、こういう人見たことない?」
と言って、見せられたのが、きれいな金髪の裸の女性の写真で

えーーーー、と心の中で思いつつ
Mちゃんと二人で首を横にブルブル振ると
「そっか、見たことないか、どうもねー」と
走りさっていった男性、とか?


「あべっこじっちゃ」と我々が名付けていた老人で
夕方、これも帰り道、ほぼ定期的に週1回とかの頻度で
すれ違う、確実に地元の方だが同じ地域の方でなく
すれ違いざまに必ず
「あべ、こっ、あべ、こっ」と言っていくというもので
翻訳すると、「こっちにおいで」という風につぶやくおじいさんなのだが
特に、追いかけてきたり、ダイレクトにコンタクトしてこないので
怖い、ということもなく
そのおじいさんと、すれ違うタイミングの場所で
時間を確認していたようなくらいだ。

そう、不思議なもので
そんなことを共通体験しているMちゃんとは
喧嘩をしたことが、確かない。

すっごく仲がよい、というより
性格がまるで違っていたし
お互いを尊重しあっていた(?)節もあり。

中学にあがり、違うクラスになったときでも
部活が違っても、互いが終わるのを待って一緒に帰った。

とにかく、9年間一緒に通った。
毎日、何、話しながら歩いてたかなぁ・・・。

まあ、そういう道があったわけで。


今は、すでに完全舗装され、その舗装工事により
道筋も若干、変わっている。

しかも、もう随分以前かららしいが
本格的な変質者が登場するようになったらしく
車で送迎されての通学が一般的になっているらしい。
もちろん、親が送迎するわけだ。

贅沢なことで、、、とは言えないのだろうな。

都会は夜でも明かりが多いし、人も大勢いるから
逆に安全だったりするのかもしれない。
街灯もない、夜の田舎道を
一人で歩いている方が、確かに怖い・・・もんね。


ちなみに・・・・。

おとなになってからMちゃんと
あの通学した距離ってどのくらいかね?と。

地球一周くらいかなぁ・・・と言ったりしてて
何かの時に計算したら
おおよそ、地球一周の四分の一強で12,000kmくらいだったんですよ。

地球は広かったです。



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プロフィール

コワタリ ユミコ

Author:コワタリ ユミコ
青森県出身。

まだまだ好奇心を
増やしたい。

増やした好奇心で
行動したい。

行動したら、感動したい。

感動したら、感謝したい。

そういう46歳で
ありたい。

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