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父という人

18歳で上京し
年に一度も帰省すればいい方。

あげく
海外に何度か飛び

で、いったい今、なんの仕事をしてるのか?

父にも母にも、家族の誰にも
いちいち説明することなく
勝手に生きてきた放蕩娘。

今回の父の葬儀に際して
「いやあ、ぜんぶ葬式やってもらって、
お父さんも安心してらべ。親孝行だなあ」
という、親戚からお褒めの言葉をいただくも・・・

「孝行したいときに親はなし」
を地で行く私にとっては意味もなく・・・。

これが親孝行になるものか!


特にいなかの不祝儀事はいろいろあって
血の濃さよりも優先される多くのシキタリを
クリアしなくてはならず

放蕩娘は、そんなシキタリなど知る由もなく
数度、呼び出しやお叱り、ご指導をいただきながら
なんとか終わらせることができたわけで・・・


父が息をひきとってからも流さなかった涙。
なんだか、理不尽さすら感じ
くやし泣きしたほど(苦笑)。


だからこそ。
今まで、ひとりで全部それらを引き受けてきた
父のスゴさを、改めて感じている。

ずーっと代々続く本家の長男。
8人兄弟の3番目。

父の母であるひとは早くに亡くなっており
私がモノゴコロつくころには、祖父しかおらず
家長は父で家族全員を養っていた。

機械いじりが得意で、そういう関係の仕事につきながら
兼業で畑をやって、私たちを育ててくれた。


私は、父に叱られたことも
何かを強要されたことも、ましてや
あーしろ、こーしろ言われたことが一度もない。

かといって、ベタベタとかわいがられたこともない。

子どもに無関心な親?
いや、そうではないだろう。

いつも、父は働いていた。
そう、いつも働いていた。

そろばん塾に通いたい
お小遣いを毎月決まった額で欲しい
行きたい高校は●高。奨学金は申請したから、できれば下宿したい
大学に行かずに就職する&東京に行く
会社を辞めてニュージーランドに行く
また、東京で働く
会社を辞めた・・・仕事見つけた・・・
ベトナムに行ってくる
ベトナムは辞めて東京で日本語教師の勉強する


未成年時代は、一応、お願いになっているが
基本的には、決定事項の伝達だけをしてきた。

でも、父は何も言わず
「わかった」とすべてを受容してくれた。

父なりの娘に対する要望や希望や夢?はあったかもしれない。
こちらから聞くこともなかったが
父から言うこともなかった。

そう、いつも聞かれるのは
「じぇにっこ(お金)、たりでるが?」

ずーっと働いてきた父なりの
父親としての言葉だったと思う。


父の妻である母は
若くして体を悪くし
結果として障がい者手帳を持つような状態になった。

そんな母に代わって
食事の用意なども全部引き受けていた父。


帰省するたび、料理の腕前があがっているのには
随分、驚かされたものだ。

おば達に、漬物の漬け方を教わったり
料理の本を買ってきて作ってみたり
お盆やお正月の準備もすべて父がやっていた。


親戚や近所から
車や農機具の調子が悪いと
「みでけろ」と頼まれ
頼まれれば、すぐに行っていた。


それこそ。
父の父方、母方。
母の父方、母方。

とにかく親戚(であろう関係)が多い。
そのすべての、慶弔事項をひとりで一手に引き受けて
こなしていたわけだ。

頼れない妻。
頼りにならない娘たち。


でも、グチをきいたことはない。
というか、やっぱりすべてを受容してきた人だと思う。


唯一、妹は父親っ子で
何かあれば、妹にいろいろ頼みごともしていたし
数年前から、同居してくれていたので
それなりに頼りにしていたと思う。

それでも。
ひとりですべて引き受けてきた人だった、と。



主治医の先生。
「どんな話も、冷静に受け止め
 とにかく治療に対しては前向きな言葉をおっしゃられて。
 強い方だと思いましたよ。」


近所の方。
「自分のお父さん(夫)が死んでも涙もでなかったのに
 どうしてか泣けてしょうがない」


おば。
「何が頼まれれば、なんでもかんでもひきうげてなあ。
 ひきうげでも、なんでもやれるがら、まだ、頼まれるんだべなあ」


御通夜・葬儀には、急だったにもかかわらず
想像した以上の方にお越しいただいた。


そう。
そういう人が私の父だったのだ。

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Re: No title

> 80yukikoさま

あら、そう?
そう言ってもらえたらなんだか、結構うれしいなあ。

No title

とっても とっても胸に響きました。(涙)

そうしたお父様の生き様は、まさに「わたりこT」と一緒です。
少なくとも、私にはそう映っています。

ひとりで全部それらを引き受けてしまうとこ、
「わかった」とすべてを受容してくれるとこ、
あーしろこーしろも言わないけど、ベタベタもしないとこ、
興味関心が高く、色々なことにチャレンジするところ、
色々な場面で色々な人たちから頼りにされるところ、
受け止めがたい状況の中で、前向きに強くいられるところ・・・

まさしく、わたりこTと一緒です。

>mika
コメントありがとね(前回も)。親不孝は分かりきってたけど、やっぱり、ダメだわ。親孝行はできるときにやっておかないと…

No title

そういう父上のDNAがコワタリを形成したのだ…と、やけに納得。

素晴らしい父上だったんだね。

感動した。。。

訪問ありがとうございます
プロフィール

コワタリ ユミコ

Author:コワタリ ユミコ
青森県出身。

まだまだ好奇心を
増やしたい。

増やした好奇心で
行動したい。

行動したら、感動したい。

感動したら、感謝したい。

そういう46歳で
ありたい。

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