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リスのいる家

 実家の裏にクルミの木があって、そこにはリスがいた。
小学生くらいの頃からの記憶をたどると、秋口。恐らく冬眠に入るまえの腹ごしらえかと思うが、カリカリ カリカリかじっているような音が聞こえ、音のする方に目をこらすとそこにはリス。田舎とはいっても、リスを見れるのは頻繁なことではなく、よく興奮して、でも誰にも言いたくなくて、ニヤニヤしていた。

 実家には高校で下宿生活に入るまで過ごしたが、それでも確かに、毎年同じような季節に「リスの音」が聞こえ、冬が来るのだな、と実感していた。まさか同じリスではあるまいが、冬到来の風物詩だった。

 その風物詩は今はない。クルミの木を伐採してしまったからだ。
 道端できつねに遭遇したこともある。
冬の日。通学途中、山側から「ひょいっ」と現われた。最初は犬だと思ったが、どうもしっぽが太くて長い。お互い道端で見つめあったまま、静止。「きつね!?」と思った瞬間に「化かされる!?」と思い、そのまま動けなくなった私を尻目に、かのきつねは、また「ひょいっ」と山側へ消えていった。この稀な遭遇に興奮して、それでも友人には、秘密にしておいた。言葉にすると、ウソっぽい。そんな遭遇だったからだ。 
 その通学路は、今はほとんどの子供たちが車送迎で通学しているらしい。きつねを轢いてしまうことはあっても、遭遇することはできない。「ひょい」っと出られる山も、山林が伐採されてしまい、少なくとも、きつねの隠れる場所はない。

 贅沢な子供時代だったと、イマサラ思う。
自然の中で育まれたものが、少なからず私の中には組み込まれているとは思う。だからこそ、都会にあこがれた。あけっぴろげな自然の中にいることが、ある意味、窮屈な自由にあこがれをもった。それだけのこと。

 それでもたまの帰省でも「変わらない」と思えるのは、星空。
晴れの夜は、満天の星。高層ビルなど建つハズもない地域にとって、これは変わらないであろう、ある種の贅沢品。

 「満天の星空の見える家」
 「リスのいる家」
 「きつねと遭遇できる家」
こんな家を望むなら、さすがに東京では難しいだろう。
まっ、都会に暮らす誰もがそんな家、望んでいないだろうけど。

 「家」はその周辺環境も含めて「家」なのであって、どんな家にしたいか、を考える時、その周辺環境も想像してみるのがいい。
 さてさて実家。
クルミの木をもう一度植えて、リスがやってくるようにもできるだろうかなぁ。
 

 
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80yukiko さま
レスをありがとうございます。
「つながっている」ということでしょうかね・・。例えば、私は動物園が苦手なのです。違和感を感じるからなのですが。それは、囲われず生きていたリスやら、きつねとの遭遇も関係あるのかもしれない、とちょっと思いました。

yurim さま
道草はよくしました。桑の木にのぼって、思いっきり実をほおばり口びるを紫にしたり、とんぼをつかまえながら歩いたり。冬もランドセルをソリにしてすべってみたり。むちゃくちゃ田舎っぽいですけど、もう、なかなか出来ないことばっかりをやれてた、ということでしょうかね・・・。

私は学校帰りに出会った動物たち(ノラ仔犬・ノラ仔猫)を、出来る限り、家に連れて帰っていたので、もしもリスやきつねに遭遇していたら・・・と考えただけでたまらなくワクワクします。
私の「生きるテーマ」が明確になったのは、あの頃の道草体験が大きく影響しているのだと今、気付きました・

好奇心旺盛な子供が、冒険しながら、道草くって歩いている光景が目に浮かぶようです。
今の子供たちは、道草をくうこともできないんですよね。
通学途中の色々な発見は、大人になった今でも忘れることなく、あの頃の私にとっては、とても大切なものだったような気がします。
訪問ありがとうございます
プロフィール

コワタリ ユミコ

Author:コワタリ ユミコ
青森県出身。

まだまだ好奇心を
増やしたい。

増やした好奇心で
行動したい。

行動したら、感動したい。

感動したら、感謝したい。

そういう46歳で
ありたい。

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